はじめまして、何よりどこより家が大好き、家好きみっひーと申します。

33歳、新婚ですが、まだ子供はおらず、旦那と2人、千葉で東京の喧騒を薄目に見ながら質素に生活中です。

超インドアの為、中学生位~現在に至るまで、趣味は映画、海外ドラマ、野球や海外サッカー鑑賞(TVで)、洋楽、そしてgoogleマップで妄想旅行と、完全に家の中の1人遊びに特化して暮らしてまいりました。

私のgoogleマップ、行った事も無いのに地図が☆で埋まっております・・・旅行に行くより、行く前に地図で下調べをする、その時間が何より大好きです(笑)

私の今の夢は、小さくて良いのでかわいいお庭のあるマイホームを建て、これまたかわいい子供と旦那と普通に生活する事です。

良く聞くような普通の夢ですが、大きな夢を持つ人もいれば、小さな事が夢になる人もいて、それが人それぞれの幸せだと思います。

また、家に子供といながら成長を見守っていける働き方ができればベストだと感じており、ネットビジネスを開始したばかりになります。

地獄の日々

実は私達夫婦は、結婚早々大変嬉しい出来事がありました。

「妊娠」したのです。

結婚して1月程でしたので、なんて自分は恵まれているのだろう!!と、有頂天でした。

今思うと何て世間知らずだったのだろうと思いますし、あの時有頂天になった罰が当たったのかもなんて思った時もありました。

検査薬を試してもくっきりと「陽性」。意気揚々と産婦人科へ行きました。

 

そこから地獄の日々が始まりました。

 

 

先生からは「赤ちゃんが見えない。もしかしたら子宮外妊娠かもね。」と言われました。

子宮外妊娠については、ちょうど産婦人科へ行く前に読んだ本に載っていたのでうっすら知ってはいました。

妊娠とは、子宮「内」に胎嚢(赤ちゃんが入っている袋の事です)が着床しており、且つ、心音が聞こえて始めて妊娠したと認定できるのです。妊娠週数は5週目、まだ胎嚢が見えない人も中にはいるとの事でしたが、先生はたくさんの妊婦さんを見てきているので、何となく難しいのが分かっているような感じでした。

「子宮外だと赤ちゃんがパーンと破裂する可能性があるからさ」と軽く一言。

その日、産婦人科を出て、家にすぐには帰る事ができませんでした。

近くのコンビニの駐車場でどの位の時間だったか・・・気持ちが落ち着くまで呆然とし、家に帰る決意ができてから帰りました。

悲しい結末

結果からお伝えしますと、悲しいですがやはり流産をしてしまいました。

前回の産婦人科で2週間後に再度来るよう言われましたが、あの先生に再度診てもらう勇気は残っておらず、他の病院に事情を説明し、そちらでいても立ってもいられず1週間後に診てもらいました。

すると、妊娠6週目、子宮内にちゃんと赤ちゃんはいました。

いてくれたのですが、それはあまりに小さな小さな赤ちゃんで、頑張って大きくなろうとしてくれましたが、私達夫婦の元に生まれてきてくれる事は叶いませんでした。

もうとっくに立ち直ってはおりますが、やはりあの時の事を思い出すと、この文章を書いている今でも涙が出てきてしまいます。お腹に確かにいた命が消えてしまった時の喪失感は何とも言い表せません。

私は14週目位で流産してしまいましたが、その間、希望を持てた時もあれば難しい現実を突きつけられふさぎ込んでしまう時もありました。

道を歩いていれば気付くと泣いていたり、かなり精神的には辛い期間でした。

男性の方はどうか奥様をとにかく支えてあげて欲しいです。立ち直るのにはしっかり一緒にとことん悲しんでくれる事が必要です。

いつまでも後ろを向いていちゃダメだ!なんて言わないであげてください。とことん悲しみ、お別れをする時間をあげてください。女性は強いです、また頑張って前を向いていけるはずです。

この妊娠・流産を通して良かった事が2つあります。

妊娠に関する知識がかなりついた(調べに調べました)事と、妊娠は奇跡であり、流産してしまった方の悲しみや、妊娠できずに苦しんでいる妊活中の方の気持ちが少なからず分かるようになった事です。

あのままスムーズに妊娠していたら、決して分かっていなかったと思います。

どれだけありがたい事なのか、またどれだけ苦しんでいる人がいるのか、今回自分が経験した痛みが、少しでも他の苦しんでいる人と分け合う事ができる痛みであるという事は、良かった事だったのだと思っています。

続く厄災

流産の悲しみを乗り越えた私ですが、流産後の検査で今度は子宮内に筋腫が見つかりました。

筋腫といっても良性のものなので、命に別状は無いのですが、妊娠したい女性にとって、妊娠の妨げになる可能性がある厄介なものではありました。

33歳、妊娠を急ぎたいのであれば不安要素は取り除いておいた方が良いというのが医師の診断でした。

また、時を同じくして何と胸にしこりも見つかり、どうしてこんなに辛い事ばかりが続くのか、自分が何か悪い事をしたのか恨みたくもなりました。

最終的に胸のしこりは良性、子宮筋腫も手術ができない場所にできているので温存となり、妊娠発覚・流産から半年程で、再度妊活OKのお言葉を頂けました。

ですがこの一連の出来事を経て痛感しました。

自分にとって大事な事は何なのか、将来どうなっていたいと思っていたのかを。

退職・夢に向かって

私は当時転職支援会社で働いていました。

やりがいがある仕事ではありますが、仕事を好きと思った事は一度もありません。

仕事内容とお給料のバランスが取れていてれば、他のストレス要因には耐えて仕事をすべきと思っていました。

転職支援でアドバイザーだったのです、どの会社にも不満要素がある事は重々分かっておりました。

ただ、常に人を相手にするお仕事です。ストレスはとんでもなかったです。

自分と同じ常識を持って生きている人ってこの世にはいないのだと、本当に痛感させられるお仕事でした。1分1秒、とんでもない事を言ってくるカスタマーに振り回されます。でも、その人からしたらそれが常識で、正義なのです。こちらの言葉はなかなか届きません。

相手の常識に寄り添ってサポートするお仕事なので、寛容になれたり視野が広がったりするかもしれませんが、逆に自分はどんどん削られている感覚がしておりました。

産休・育休を取りたいという思いだけで、なんとか踏ん張っていたのですが、それが本当に大事な事なのか、1番大事な事を忘れていやしないかと、流産から始まった辛い半年を経て気づかされたのです。

気づいてからは早かったと思います。すぐに会社に退職を伝えました。

勿論悩みましたが、自分の人生で今は赤ちゃんができやすい環境を整える事が大事であり、また、小さい頃からの夢でした自分好みのマイホームを建てる事も、時間ができればじっくりと取り組む時間が持てるので、今しかないこの贅沢な時間を有意義に使って、これから妊活とマイホーム建設に励んでいこうと思っております。

勿論、仕事を辞める事を許してくれた心の広い旦那にも、感謝の気持ちを忘れずに(笑)、もし同じような夢をお持ちの方や、共感してくださる方がいらっしゃれば、色々情報交換ができればと思っております。

        1番の夢